東洋のマチュピチュ、別子銅山(愛媛県新居浜)を観てきましたの続き記事です。鉱山鉄道のトロッコに乗り、坑道入り口まで来ました。
観光坑道の地図です。
江戸ゾーン、近代ゾーン、遊学パーク体験ゾーンをゆっくりまわっても1時間くらいの広さです。
坑道内はひんやり涼しくて快適
中に入るとすぐにひんやりと涼しくなります。
8月の夏休みど真ん中なのに18.2度。これは涼しい!
歓喜坑
江戸ゾーンの入り口。
歓喜坑は元禄4年(1691)に開かれた別子銅山最初の坑道とのこと。将来有望な坑道の入り口に立ち、抱き合って歓喜したことからこの名がつけられたそうです。
湧き水の引き揚げ
銅山を掘り当てたからといって楽に銅がとれるわけではありません。
下の写真は湧き水を坑外へ汲み出すもの。鉱石を採ると、石の目をつたって水が溜まってしまうのだそうです。昼夜問わずこの汲み出し作業は行われたそうです。
砕女小屋(かなめごや)
運び出された鉱石は砕女(かなめ)と呼ばれる女性たちによって、かなづちで1寸(3cm)角位の大きさに砕かれ、色の濃淡によって選別されたそうです。
仲持ち
銅山内の輸送は仲持ちと呼ばれる輸送夫(婦)によって行われました。行きは粗鋼や半製品など銅のかたまりを運び、帰りには米や味噌などの生活品を運んだそうです。
↓続きの記事