藤子プロ創立30周年記念作品『のび太の宝島』は2018年3月3、4日の初日2日間で観客動員数71万6,629人、興行収入8億4,314万8,500円となり、映画観客動員数ランキングで初登場第1位を獲得しました。ぴあの調査による初日満足度ランキングでは満足度92.4となり第2位になっています(4月時点では興行収入50億に迫っています)。
人気の理由は、星野源の主題歌起用や『君の名は。』プロデュースで有名な川村元気氏による書き下ろし脚本、公開前のLINEライブや東京神奈川ではJRと小田急のコラボによるスタンプラリーなどいろいろあります。
しかし、妻がいて2人の子どもを持つ父親でもある私は、最初は敵役として登場するキャプテンシルバーに思い切り感情移入してしまいました(2回劇場に足を運びました)
星野源の挿入歌「ここにいないあなたへ」のところでは涙がぽろぽろこぼれるどころか嗚咽を抑えられませんでした。
本記事は、フィオナに先立たれ途方に暮れながらもがいていたシルバーに徹底フォーカスします。
ネタバレ有どころではない分量でお届けしますのでご理解のうえ、読み進めてください。
映画みて本記事を読んだ後に以下の動画をみると凝縮されすぎててこれまた感情ゆさぶられます。
シルバー、フィオナ、フロック、セーラの4人家族
シルバーとフィオナの夫妻は2人とも科学者で、石油や原子力に代わる新しいエネルギーを見つけようとしていました。
海賊船ももともとはフィオナが研究のために設計したものでした。
どんなエネルギーでなら持続可能な状態で人々が暮らしていけるかを研究するために過去や未来を行き来していました。
シルバーもフロックも、フィオナが焼いたフレンチトーストを食べるのが大好きでした。笑顔があふれる時間でした。
フィオナ不治の病、最後に過ごした時間
そんなフィオナに病がおそいかかります。
シルバーは必死で治療法を探したがかないませんでした。
フィオナの病が治らないとわかったとき、病床でフィオナは話します。
フィオナと過ごした最後の時。
「あの子たちには、人の幸せを願い、人の苦しみを悲しめる、そんな人になってもらいたいわ。そう、あなたのような人に」
「私は、そんな立派な人間じゃあない」
「……」
「だって、私が好きになった人だもの」
「待てフィオナ。まだ逝くな。逝かないでくれ!私は、一人でどうしたらいいのだ」
「一人じゃないわ」
「……」
「セーラがいる」
「……」
「フロックがいるじゃない。あなたは一人じゃない」
「……」
「あの子たちは、私たちの宝物」
「……」
「子どもたちの未来を、頼むわね」
歪んだ使命感を背負い孤軍奮闘するシルバー
フィオナが亡くなってしばらくしたある日、シルバーはフロックとセーラを研究室に呼び出します。
「これなに?お父さん」
「私はフィオナのように、上手にお前たちにクイズを出してやれない。だから作ったのだ。フィオナの考えたたくさんのクイズをこのロボットに詰め込んだ。フロック、セーラ、その玉のてっぺんにあるスイッチを押してごらん」
フィオナの残した数式をもとに破滅の未来を見たシルバー。
シルバーはフィオナにフロックとセーラを生かすよう頼まれたと受け止め、海賊の姿をしながら密かにノアの方舟計画を進め新天地を目指します。
地球上のすべての人が救えないのは大人の責任、子どもたちだけでも救おうと研究を続けます。
コアエネルギーの収集は、影響は限定的と言いつつも海底火山が噴火したり異変は止まりません。八月なのに雪が降ったりと
一方、フロックとセーラはクイズだけが友達でずっと二人きりでした。
「のび太はいいな」
「え?なにが?」
「だってパパやママがうるさく言ってくれるんだろ?」
「うん…」
「それに…、のび太には、ドラえもんやジャイアン、スネ夫みたいな友だちがいる。父さんが海賊になってから、ぼくとセーラはずっと二人きりだった。だから、このクイズがぼくらの唯一の友だちだったんだ」
フロックとセーラの宝探し
クイズに答えながら船長室への道をひとつひとつ進んでいくフロックとセーラ。
「ママが好きな花は?何ナゾ?」 「コスモス」すぐにセーラが答えます
「パパが好きな形は?何ナゾ?」 「星型だ!」今度はフロックが答えます。迷いはありません。
「ママのドア。何ナゾ?」 「白いほうだ。フィオナは明るいって意味だから」
のび太は、なんだか…、案内されてるみたいだねと隣のドラえもんに言います。
「セーラ。覚えてるかい。昔、母さんがまだ元気だったころ、母さんとセーラが、ぼくと父さんにフレンチトーストを作ってくれたことがあっただろう?」
「うん。覚えてる。忘れない」
「うん。お兄ちゃんは、お父さんが作ってくれた星型のパズルを解こうとして夢中になってた」
「父さんは笑ってた」
「お母さんも。すごく楽しそうだった」
「幸せだった」
「うん」
「あの瞬間は父さんにとっても」
「うん」
「宝物だったんだ」
フィオナの病が治らないとわかり家族でベッドを囲んでいたとき。
「わたしとあなたの宝物、なあんだ」
しぼりだすみたいにして答えるシルバー。ほとんど声になっていなかった「フロックとセーラだ。それと、私にとっての宝物はもう一つある。フィオナ、お前だ」
母さんは笑ったよ。すごくきれいだった。あんなきれいな笑顔、ぼくはいままで見たことがなかった。
最後に母さんは言ったんだ。ぼくとセーラの母さんとして、父さんの妻として、そして一人の研究家として。そして、たぶん、人間として。
「子どもたちの未来を、……頼むわね」
成長したフロックとシルバーの和解
シルバーと対峙するフロックとのび太たち。
「やがてこの星は終わる。希望をつながねばならぬのだ。子どもたちの未来を救わねばならぬのだ!」
「でも、それで地球が壊れてしまってもいいの!?自分たちだけが助かればいいの!?」
「すべてを救うことはできない。しかたがないのだ」
「それが、フロックやセーラの望んでいることなの?二人の気持ちを考えたことがあるの?」
ハッキングを続けるフロック。指を止めずにさけぶ。
「母さんは息を引き取る前に、ぼくとセーラに言ったよ。『父さんをお願い』って」
「…」
「今度は、ぼくとセーラが父さんを守る!ぼくらは父さんの子だ。今までずっと、父さんと母さんに守ってもらってきた。育ててもらってきた。だから返すよ。親鳥に守られるヒナとしてじゃなく、大空を羽ばたく一羽の鳥として父さんに言うよ。父さんは間違ってる」
「母さんがそんなことを望むもんか!母さんなら言うよ。あきらめずに実験を続けようって言うよ!父さんは絶望に逃げたんだ!逃げ出した言い訳に、母さんを使うな!」
「ぼくは、父さんに勝つ!」
# 逃げたように見えても仕方ないかもしれません。しかし立派な研究者であるフィオナを尊敬し愛するシルバーにとってフィオナに先立たれる悲しみは想像以上と思います。途方に暮れる中で、研究を続け思わしくないシミュレーション結果を日々目にする。
「私はフィオナに、お前とセーラを生かすよう頼まれたのだ。だから…」
「ちがう。母さんはそんなこと父さんに頼んでいない!」
「…?」
「母さんは、『みんなの未来を守って』って言ったんだ!あきらめずに研究を続けてって言ったんだ!」
フロックは答えた。迷わなかった。
「だからぼくたちがいる」
「いっしょに探せばいい。滅びずにすむ方法を、みんなで探せばいいんだ!」
モニターの一マスの青が隣の赤を侵食する。フロックの顔も青に染まった。シルバーにはその顔がフィオナに見える。フロックとセーラの母。シルバーの最愛の人。未来を救おうと、その命を燃やしつくした人。在りし日の彼女の姿に。
フロックが宣言した。
「ぼくらで未来をつくるんだよ。父さん」
フロックはキーに触れる。「分離 YES」を実行する。
その目に映っていたのは、独り立ちした一人の少年だった。
「フロック。腕を上げたな」
フロックの顔が変わった。ギュッとなって真っ赤になった。こらえきれないみたいに声をしぼり出す。
「あたりまえじゃないか。ぼくは、ぼくは父さんの息子なんだから!」
なんだか胸がきゅうっとなった。
シルバーの笑顔。それはお父さんの顔だった。
「フロック、セーラ… 家に帰ろう」
セーラがシルバーに飛びついた。フロックが一歩、また一歩、シルバーに近づく。
シルバーの肩に触れた。そのまま一つになる。三人が一つになる。
のび太の目から涙が落ちる。熱くて、とても大きな、大粒の真珠みたいな涙だった。
そこに見たのだ。
家族を。
エピローグ 3人で掴んでいく未来
シルバーの船長室は、シルバーたちの研究室になった。
もう、一人じゃない。研究室には、セーラが焼いたフレンチトーストの香りが満ちている。
コンピュータに向かうシルバーの隣にはフロックがいる。
二人して数式をにらんでいる。
テーブルの上にはコスモスが割いている。
コスモスの花瓶の隣に、クイズがパタパタと降りてきた。
クイズはつぶやく。
「はなれても、つながってるもの。何ナゾ?」それは家族。
「まだ見えないけど、ずっと先まで続いているもの。何ナゾ?」それは、未来だ。
航海日誌(21xx年x月x日)フィオナ号船長 ジョン=シルバー
私は、私一人の力で未来に立ち向かい、勝手に負けて、勝手に絶望した。
だが、未来は未確定なのだ。
私は、フロックとセーラのことが見えなくなっていた。
フィオナを失った今、二人の子どもたちを、私が守るのだと思い込んでいた。
それがフィオナ、お前の願いをかなえることにつながるのだと信じて。
だがちがった。
守られ、助けられていたのは私の方だったのだ。
川村元気さんの小説のび太の宝島「刊行に寄せて」
映画脚本をつとめた川村元気さんの一番尊敬する作家は藤子・F・不二雄。藤子プロから映画のオファーがあったとき、やめておけという心の警告をよそに、気付けば大長編をすべて読み直し、新作の構想を練り始めていたそうです。
のび太が見つける宝物とは何だろうか。
そう考えた時に、それは金銀財宝ではないような気がした。
過去に置いてきてしまった気持ちや、忘れてしまった感情。
『のび太の宝島』では、そういったものを「宝物」と呼ぶことにした。
子どもたちが、のび太の冒険にわくわくしたり、ドラえもんのギャグに大笑いしている横で、大人たちが「宝物」を思い出す。
そんな”現代の宝島”になることを願っている。
星野源の「ここにいないあなたへ」が終わりに近づく頃、
「パパ、ないてる?」と息子が聞きました。
息子も初めて映画で泣いたそうです。
どこに涙腺を刺激されたのかはもう少し大きくなった時にまた聞いてみたいと思います。