元外資系コンサルのガラクタ箱

新居浜別子銅山から始まる住友の歴史を親父に聞いてみた

私の故郷は愛媛県の新居浜市というところです。

愛媛と香川の間の窪んだところにあります。

瀬戸内工業地域で化学(金属、石油化学コンビナート)として知られています。

とはいえたまに帰郷して車で走っても目につくのはシャッター街ばかり。

とても創生しそうのない地方に見えていました。

それは少し悲しくも、小6で町を離れ数年に一度帰郷する程度の私にとっては思い入れようがありませんでした。

そんな新居浜市が昨年末、地方創生を掲げて大手町の住友銀行に展示をしていました。

いつの頃からか東洋のマチュピチュなんてキャッチフレーズもつけて銅山跡地をアピールしていました。

少しずつ興味を持ったので、親父に話を聞いてみることにしました。

新居浜といえば別子銅山、住友

小6で大阪に引っ越した私にとって、新居浜市の歴史は断片的です。

廣瀬公園、えんとつ山、別子銅山記念館、祖母の実家の近くにあった鉄道跡、住友化学、住友金属、住友重機など多くの住友グループ。

これらが別子銅山を軸にしたものだとつながり、面白くなってきました。

住友グループって銀行や生命保険が先かと、あくまで化学の拠点が新居浜なのだと思ってたら違いました。

江戸幕府に銅山採掘事業の認可をとり、民営事業として住友グループを築き上げた初代住友総理人、廣瀬宰平の存在が浮かび上がってきました。

銅山事業から広がった住友グループ

銅をとって使えるよう精錬する住友金属鉱山は鉄鉱石を精錬する際に亜硫酸ガスが排出され、農村や森林に深刻な被害をもたらしていました。

精錬所を瀬戸内海の四阪島に移設しても解決しませんでした。

この問題を解決するために、住友第3代総理事、鈴木馬左也は、有害物質を出さないという解決策を打ち出します。銅の材料である硫化銅鉱石から硫酸を取り出し、その硫酸から肥料となる過リン酸石灰を製造する計画です。この計画を実施するべく設立されたのが、住友化学の前身である「住友肥料製造所」。煙害を防止できるだけでなく、肥料を農家に提供することが可能になり、農業への発展に大きく貢献する。これが、住友化学の事業の芯(Core)となって行きます。(住友化学HP 理念と強み より

住友化学のコアはこんなところにあったのですね。また、銅山やその他の事業に必要な電力は住友共同電力で自給自足したり、煙害ではげあがった山を復活させるために住友林業を始めたりと、知れば知るほど興味の幅は広がります。

終わりに

親父に話を聞けたのも、故郷への興味がわいたのもよい経験です。銅山とか住友のことでご存知のことあればぜひ教えてください。

mhisaeda

電子書籍「システム導入のためのデータ移行ガイドブック」著者。

新卒から外資系コンサルティングファームに所属。15年に渡り販売物流、特にCRM領域のコンサルティングに従事。 100名を超えるプロジェクトのPMOなど全体を推進していく役回りや、ユーザ企業への出向を通じた実務経験を持つ。

このブログでは、自身がかき集めた知識や経験を共有する。クライアントへの提案やソリューション開発に直結しないガラクタのようなもの。将来再利用する自分のために。同じような悩みを抱える誰かのためにブログ「元外資系コンサルのガラクタ箱」を運営。

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